9月5日 -和紙漉き-

7月から8月は、夏休みで作業はしていないため、リノベーション何してるの?って聞こえてきそうな今日この頃。

夏休みも終わったので作業始まるのか、とも思っていた方もまだ現場での作業は始まりません。

じゃー何をするのか?


7月には柿しぶを作りましたが、9月に入っての1発目の作業は、和紙の制作です。

ご協力いただいたのは、『石州勝地半紙』の佐々木夫婦

江津市桜江町『風の国』で、室町時代から続く和紙工房です。



かつては、この一帯には6400軒もの工房があり、江戸時代では特別扱いの上納品として石見の産業のひとつでした。

しかし、戦後の高度経済成長における需要の低迷でこの周辺にあった341軒もの工房が石州勝地半紙さんの一軒にまでなってしまいました。

後継者である佐々木氏は、その歴史の重さと技術の伝承して、感動させる和紙を作り続けています。

江津駅前ビルのリノベーションでは、ここで作られる和紙、そして、技術を知るため自ら和紙を漉き、インテリアの仕上げ材として使用します。

その為、夏休みの間に和紙を漉くための和紙漉き器を12個自分達で作り、それに合う舟も現地で制作。

ここまで出来るのもポリテクカレッジだからこそと自画自賛したくなります。



台風も去って、天気もよく佐々木氏の説明も和紙に対する愛がビシビシ伝わってきます。

今回制作する和紙は、楮とネリにはトロロアオイを使用します。

この使用する楮やトロロアオイも佐々木氏自ら栽培しているまさにmade in gotsu。


↑楮の木


↑トロロアオイ




さらにそれだけではないものがここにはあります。

それは楮を蒸すための大きな甑(こしき)

作られてからおよそ130年、多分日本で一番古く大きい甑であろう。

そんな甑で蒸され皮を剥いだ楮と今回は剥いだ表皮もませて素材感を出し、さらにそれを普通の紙の倍の厚みで漉く、なんと贅沢なことか。


↑130年現役の甑


さてさて、漉く大きさも80cm×80cmの大きさ。

佐々木氏のご指導のもと試行錯誤しなが学生達はすごく楽しく作業してました。

それから、脱水のあとは天日干し。

和紙は太陽に当てると白くなり、人とは逆ですね。約1時間半干します。

和紙漉き器から剥がして完成!



少し青みがかった色に楮の表皮がちりばめらめた想像以上の和紙に仕上がりました。

全部で42枚漉きましたが、その頃には、各自が勝手を把握し、流れ作業が自然と学生間でできてました。

さて今回制作した42枚の和紙は天井に使用しますが使い方はまた後日、楽しみにしてください。




これからももうしばらくは素材の調達です。

このプロジェクトを進めながら江津の素材のなんと多いことか!

こんな地域、今の日本そうそうないですよ。


佐々木さん夫婦、ネコちゃんたちありがとうございました。



“雨に濡れる冬枯れの草の色を、和紙にしたい。”自然や季節への感性を、現代の生活の中に復活させる。「石州勝地半紙」の“景色からのものづくり”。 | GO GOTSU!

KACHIJI BANSHI 石 州  勝 地 半 紙 “雨に濡れる冬枯れの草の色を、和紙にしたい。” 自然や季節への感性を、現代の生活の中に復活させる。 「石州勝地半紙」の“景色からのものづくり”。 GO GOTSU special interview #07 Tweet     江津の中心市街地から車で約40分。江津市桜江町長谷地区は、自然豊かな江津市の中でも、さらに山の中にある。ここに、四季がもたらす暮らしのちょっとした変化の中からヒントを得て、ああでもない、こうでもないと和紙と和紙製品の制作に励む夫婦がいる。工房の隣に設けられた販売コーナーには、和紙を使ったランプシェードや名刺入れなどが並んでいる。 和紙の魅力に惹かれ、深く重みある伝統を残したいという思いを持って日々真摯に紙を漉き続けるいっぽうで、現代の生活の中に調和する新しい和紙との暮らし方を提案しようと試行錯誤を続けているのが、石州勝地半紙の佐々木誠・さとみ夫妻だ。 「ちゃかすかぽん」という独特な音を出す紙の漉き方は、誠さんの叔父からの一子相伝ならぬ“異子相伝”。桜江の山に「ちゃかすかぽん」と音を響かせながら、チャレンジを続ける2人に話を聞いた。   歴史を継承しながら、現代の生活に身近なものを   誠:江津市桜江町は、和紙の生産が盛んなまちでした。残念ながら今はうち一軒だけ。歴史の重さや技術を継承して、今の人たちに受け入れてもらえる、感動してもらえる作品づくりを目指しています。原材料づくりから、商品として完成させてお客様に手渡すところまで。薬剤以外はすべて自分たちでつくっています。 もともと美術系の学校でデザインを学び、印刷関係の仕事をしていたんですが、ものを作りたいという想いがずっとあったんです。 そのころに、伝統工芸士で勝地半紙を一人で守り続けていた叔父の原田宏から「やってみないか」と声を掛けてもらって。ちょうど市内に新しくできる施設(工房が所在する複合施設「風の国」)の中に紙漉き工房を設立するということだったので、何かをつくりたいという気持ちで戻ってきました。

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